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世界的ブランドが恋する「尾州(BISHU)」に触れる旅

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のこぎりの刃のようなギザギザした屋根が連なる工場の棟、ガッチャンガッチャンと絶え間なく鳴り響く織機の音―これが、かつてどこにでもあった尾州の景色です。時代とともに栄え、廃れ、生き抜き、再びよみがえろうとする、そんなのこぎり屋根のある風景をたずねました。

のこぎり屋根の風景についてはこちらもチェック!
>> 毛織物王国のいま・むかし のこぎり屋根のある風景 vol.1

「葛利毛織工業」工場を見学

昭和初期のションヘル織機が活躍

「葛利毛織工業」工場を見学

尾州が毛織物王国と呼ばれるゆえん、それは、

「紡績・撚糸」(原料から糸を作る工程)
「企画・製織」(生地を織るための設計書作りと織る工程)
「染色整理」(仕上げの工程)

という、テキスタイルの工程をすべてこの地域でまかなえるところにあります。尾州はこの地域共同体の中で、互いに切磋琢磨しながらともに生き抜いてきました。

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    綿から糸へ

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    設計書作り

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    仕上がり

今回、お邪魔したのは、その中でも「企画・製織」を行っている葛利毛織工業さん。大正元(1912)年に創業し、手織り機に動力を加えた「ションヘル織機」を今も使い続けている小さな織物工場です。

同社の葛谷聰(クズヤ サトシ)専務と入社4年目の大井理衣さんが、工場内を案内してくれました。まずは、入口にて使用する毛の種類、生地を織るための設計図の読み方などの基礎知識を教えていただき工場内へ。

「葛利毛織工業」工場を見学

「葛利毛織工業」工場を見学

「葛利毛織工業」工場を見学

工場内は、ご覧の通り、すべての機械が旧式。しかし休みなく動くさまは、まるで心臓の鼓動のように生き生きとしています。

「今では作られていない機械だから、愛着もひとしお。自分たちでメンテナンスをしながら、大事に使っています」と目を細めるのは、葛谷聰専務。電子機器を埋め込んだ配線だらけの織機では、自分たちで直すことなど無理な話ですが、むき出しになったこの機械だからこそ、90年経った今でも、変わらず使い続けられるのだそうです。

織物は、まっすぐ揃えられた経糸(たていと)に、緯糸(よこいと)を織り込むことで作られます。生地を均一に美しく織り上げるには、経糸の準備がとくに重要だとか。

最初に行う「経糸の準備」を担当するのは御年85歳の超ベテラン。染色・撚糸された糸を巻き返しています。そして続くは「整経」の工程。織物に使用する経糸を、その織物の設計の通りにビーム(尾巻)に巻き取る作業です。整経台に数百の糸を並べてゆき、素材によって張りを調整しながら、3000~8000本、多いところで1万もの経糸をビームに巻き取っています。この本数は、他の整経工場よりかなり多く、さすが高級スーツ地といったところ。

次は、綜絖(そうこう)という器具についた小さな輪に、設計図通りに糸を通していく「綜絖通し」を体験させていただきました。

綜絖通し

ちょいと糸をひっかけて引き抜く時が快感。うまくできて喜んでいると「もっとやってみますか?」とニコニコする大井さん。「こっちまで大丈夫ですよ」と束になった綜絖を指さします。あわてて「あ、次、行きましょうか」と逃れたものの、この次には、ヘラ状の道具を使い隙間に糸を通していく「筬(おさ)通し」がありました。ちなみにこれら合わせて4日間かかるそう。まさに気の遠くなるような作業の連続です。

  • 綜絖通し

  • 綜絖通し

シャトルに緯糸をセットしたら、いよいよお待ちかねの「製織」。
今もフル稼働しているこのションヘル織機は、50mを織るのに3〜4日ほどかかります。現在主流となっている高速織機が5~10倍の速さで織れることを考えれば、かなりの低速。しかも、先ほど見てきた通り、織る前の準備に1週間かかるうえ、織りが始まっても何かと手間がかかります。実際に、工場を案内していただいている間にも、織りの途中で糸がぷつんと切れ、糸を結んでから再び動かすといった作業が何度も発生していました。

時間もかかるし、手間もかかる。織機の進化によって、ションヘル機が世界から消えていったのも自然な流れだったのかもしれません。

ションヘル

  • ションヘル

  • ションヘル

  • ションヘル

なぜションヘルを使い続けるのか

ションヘル

しかし、葛利毛織工業さんでは、相変わらずションヘルを使い続けました。

「設備投資ができなかったから」というのが大きな理由のひとつ。昭和40年代、大手紳士服チェーンの台頭に代表される大量生産・低コストの衣料品が支持される中、その供給を支える高速織機が主流となりました。同時にコスト競争も過熱していったため、かつてガチャマン景気で儲けた尾州の織物工場の中には、ここで手を引き、不動産業や他の事業を始めるところも多かったそうです。

「うちは他所と違って生産量も少ないので、糸を数本減らしたところで、価格はさほど変わりません。それより昔から代々 “(手を広げず)一本を丁寧にやれ”という教えがありましたから、コストダウンのためとはいえ、品質を下げる方への変化を求めなかったのだと思います」と葛谷聰専務。

とはいえ、一時は企業として時代に取り残されまいともがき、高速織機を試しに入れてみたことも、新たな工場を建てようとしたこともありました。しかしそれらは、品質をあげることにならないと、結局は思いとどまったそうです。4代目である専務は、この時「時代に合わない商売を選んでいるのだから、このままでは廃業するだろうと感じていた」と告白します。

ブレイクスルーが起きたのは2009年。JETRO(日本貿易振興機構)が主催する海外の有名メーカーとの商談に参加した時でした。そこでは、これまで雲の上の存在だった超有名ブランドが、葛利毛織工業の織物に目をとめ、そのやわらかくふんわりとした手織りのような品質を高く評価してくれました。
「これは経糸がゆるく、優しくゆっくり丁寧に織り上げるションヘルだからこその品質です。ところが、世界ではもうションヘルを使って織っているところはないと聞き、自分の足元にこそ価値があったことにやっと気づいたのです。」

古い織機が現代の織物の可能性を広げている

古い織機

古い織機

今や葛利毛織工業は、繊維に空気をまとわせるションヘルらしい優しい織りを武器として、世界中のファッションデザイナーに指名される織物工場となりました。注文台帳を見せていただきましたが、思わず驚きの声があがってしまうような発注元ばかり。デザイナーの注文を形にするだけでなく、常にクリエイティビティを刺激するような独自の提案も行いながら、新しいファッションを共に創り出しているからこそ、今があるといいます。

取材中には、ボートレーサーが使う下着の布地を織るため整経をしていました。これは防弾チョッキに使われる強化ナイロンを使用するそうですが、あまりに繊維が強く、高速機だと切断の際に刃を悪くするため、ションヘル織機のように折り返して織る方法でないと織れないのだとか。

  • 葛利毛織工業

  • 葛利毛織工業

  • 葛利毛織工業

そしてこちらは、地元・一宮の女性がたちあげた“尾州ロリィタ”というブランドの生地も扱っているとのこと。大好きなロリータファッションを普段着として着られるよう、葛利毛織工業さんのスーツ地を使い、甘さを抑えた仕様になっています。

  • 尾州ロリィタ

  • 尾州ロリィタ

「新しい展開?いえいえ、あくまでも会社は、スーツ地一筋。これを軸にしているから、様々な依頼にも応えられるんです。スノーボード、ボクシングでも同じですが、重心さえしっかりしていれば、動いてもバランスは崩れませんからね。」(※ちなみに葛谷聰専務は、スノーボードは指導者、ボクシングはプロだった過去も)

…ああ、見た目だけで、古いもの、ノスタルジックなものと誤解していてごめんなさい。まさかションヘルの低速が、この強さが、この自由さが、現代の織物の可能性を広げていたとは、思いもしませんでした。

みんなで尾州を守り、盛り上げていく

みんなで尾州を守り、盛り上げていく

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尾州産地の底力は、葛利毛織工業さんのような強みをどの会社も持っていることにつきます。

「どん底を味わっていますから。今残っている会社は、常に新しいことに挑戦しているし、たくましいですよ。それぞれの強みを自社だけでなく、尾州の強みとして、広く繋げていく。そんな形ができてきたと思います」と語る葛谷聰専務。

2012年に創業100周年を迎え、次なる100年のために歩みながら、産地を盛り上げるべく活動を続けています。

葛利毛織工業株式会社

葛利毛織工業株式会社
住所 一宮市木曽川町玉ノ井宮前1
電話番号 0586-87-3323

毛織物王国を支えるスポット

一宮地場産業ファッションデザインセンター(FDC)

  • 一宮地場産業ファッションデザインセンター

  • 一宮地場産業ファッションデザインセンター

世界に誇る高級毛織物産地「尾州」の拠点
FDCは、繊維産業を代表とする尾張西部地域の地場産業の振興のために設立され、昭和59年に開館。国内外の展示会に出展してビジネスチャンスを広げる活動や次世代を担う若手を育成する活動、尾州ブランドの知名度を高める活動など、これからの繊維産業のすそ野を広げる様々な活動をしています。
FDCの1階には常設展示場があり、尾州産地の団体・企業による繊維製品や、尾張西部の地場産業品を展示。ここでは、マフラーやネクタイ、ポーチなど「尾州」ならではの商品を販売しています。

せんい団地

  • せんい団地

  • せんい団地

  • せんい団地

渋ビルめぐりがおすすめ。
昭和45年ごろに生まれた繊維業の卸売商業団地「せんい団地」は、名神高速一宮インター北の国道22号沿いの一角にあります。ここに建つ古いビルたちが、個性的で魅力的だと名古屋渋ビル研究会を皮切りに建築好きの間で話題になり、「渋ビルのテーマパーク」としてじわじわと注目され始めています。せんい団地周辺は公園も多く、静かでゆったりとしたエリア。歩くには、各ビルの50年前の姿を掲載した『せんい団地渋ビル宝典』(名古屋渋ビル研究会謹製)というまち歩きマップが役に立ちますよ。こちらは「繊維卸会館」「木工房すえひろ」にて入手できます。

一宮地場産業ファッションデザインセンター

一宮ファッションデザインセンター
住所 一宮市大和町馬引字南正亀4-1
営業時間 9:00~17:00
【定休日】12月28日~1月4日

一宮せんい団地

一宮せんい団地
住所 一宮市 せんい1丁目~3丁目
※ アクセスマップは「一宮せんい団地中央公園」を示しています

「毛織物王国のいま・むかし のこぎり屋根のある風景 vol.1」はこちら

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