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一豊と千代の年譜と家系図

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信長・秀吉・家康という天下人たちに仕えた山内一豊の生涯とその生涯を支えた良妻千代の年譜と家系図をご紹介します。

一豊と千代の年譜

1545年 天文十四年

誕生
【山内一豊】
尾張黒田(現在の一宮市木曽川町黒田)に誕生。

1557年 弘治三年

父と兄が眠る墓
【山内一豊】
黒田城が夜襲にあい、父盛豊は負傷、兄十郎が討死。

【千代】
千代、誕生。

1559年 弘治三年

【山内一豊】
織田信長が織田信賢の岩倉城を落とし、尾張を統一。
一豊の父・盛豊、織田信賢方にあって戦死。
尾張苅安賀城主(一宮市大和町)浅井新八郎のもとに身を寄せる。
美濃松倉城主(各務原市川島町)前野長康のもとに身を寄せる。

1560年 永禄三年

【山内一豊】
元服し伊右衛門一豊と名のる。
桶狭間の戦い。

1567年 永禄十年

【山内一豊】
この頃、織田信長方につく。

1570年 元亀元年

【山内一豊】
朝倉義景攻めに参加、金ヶ崎城の戦いに参戦。

1573年 天正元年

【山内一豊】
織田信長軍として越前刀根山の朝倉追撃戦に加わる。
この時敵将から顔面に矢を受けながらも奮戦する。
近江唐国(現在の滋賀県虎姫町)に4百石を与えられる。

1575年 天正三年

【山内一豊】
秀吉に従い長篠の戦いに参戦。

1577年 天正五年

【山内一豊】
秀吉に従い播磨出陣、上月城戦に参戦。
播磨有年に7百石を与えられる。

1581年 天正九年

【山内一豊】
秀吉に従い、淡路岩屋城攻めに参戦。

1582年 天正十年

【山内一豊】
秀吉に従い山崎の戦いに参戦する。
播磨印南郡5百石を加増。

1583年 天正十一年

【山内一豊】
秀吉に従い亀山城戦、賤ヶ岳戦に参戦する。

1584年 天正十二年

【山内一豊】
秀吉に従い小牧長久手の戦いに参戦する。
近江長浜に5千石を与えられる。

1585年 天正十三年

【山内一豊】
秀吉に従い紀州征伐に参戦する。
若狭高浜に1万9千8百石を与えられる。
秀吉に従い越中戦に参戦する。
近江長浜に2万石を与えられる。羽柴秀次の老臣となる。

【千代】
長浜大地震で娘与禰を失う。

1587年 天正十五年

【千代】
一人の捨て子(のちの湘南和尚)を養育。

1590年 天正十八年

【山内一豊】
秀次に従い、伊豆山中城を攻める。
掛川5万石を与えられる。

1592年 文禄元年

【山内一豊】
山内忠義(二代藩主)生まれる。

1600年 慶長五年

【山内一豊】
関ケ原の合戦。
小山軍議で掛川城明け渡しを建議する。
土佐一国の領主となる。

【千代】
関ケ原の合戦。
田中孫作に「笠の緒の密書」を持たせる。

1601年 慶長六年

【山内一豊】
甲浦に上陸、浦戸城へ入城する。

1603年 慶長八年

【山内一豊】
浦戸より大高坂へ移り、この地を河中(高知)と改める。

1605年 慶長十年

【山内一豊】
養子の忠義と家康養女・阿姫との婚約が成立する。
9月20日、61歳で没する。真如寺山(筆山)に葬られる。

【千代】
養子の忠義と家康養女・阿姫の婚礼に際して伏見
へ。
その後、阿姫と土佐へ。
一豊死去後「見性院」の法号を受ける。

1617年 元和三年

【千代】
12月4日京都桑原町屋敷にて死去。61歳。

一豊 家系図

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