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(一宮市指定文化財)

《住所》

一宮市木曽川町黒田字古城

 

《公共交通機関》

・JR東海道本線「木曽川駅」より徒歩5分

・名鉄名古屋本線「新木曽川駅」より徒歩10分

 

《車でのアクセス》

東海北陸自動車道一宮木曽川I.Cより10分

 

《駐車場》

なし

 

 

 山内一豊の父盛豊は、岩倉城を本拠とする岩倉織田氏の家老を務め、支城の黒田城を預かっていた。天文14年(1545)に、一豊はこの地で生まれたとされ、弘治3年(1557)の敵襲を受けるまで、黒田を中心に暮らしたことであろう。山内氏の退去後は織田広良が入城し、次いで和田氏、澤井雄重が城主を務めた。信雄失脚後は、秀吉家臣の一柳直盛が入り、慶長5年(1600)の転封まで使用された。現在、市街化が進み遺構は残らないが、江戸時代の絵図によれば、城は野府川を北の備えとし、東には後の岐阜街道を抑えていた。天守に相当する櫓もあったと思われる。この小公園は平成10年に整備され、冠木門(模擬)の右手奥には一豊顕彰会寄贈の一豊立志像がある。

 

 

黒田城址の碑

 大正6年(1917)に愛知県が建てた「黒田城址」の碑の裏面には山内一豊は13歳でこの城を離れたと彫られている。

一豊立志像

 平成10年(1998)一豊顕彰会により寄贈された。立志像は馬の手綱を持つ少年時代の姿、故郷を去る一豊の胸に秘められた大望の宿る姿を表現している。

 

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