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金沢市・永福寺所蔵 |
奥村 永福(おくむら ながとみ)
1541(天文10)〜1624(寛永1)
父が、奥村(現在の奥町)に住んだとされ、永福も奥村で生まれたとされる。
天正12年(1584)、越中の佐々成政が、前田利家の治める加賀・能登へ侵攻した際、守将奥村永福が拠る末森城を攻め立てた。籠城軍は頑強に抵抗し、ついには利家本軍の来援を得て、城を死守した。
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犬山市・常福寺所蔵
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梶川 高盛(かじかわ たかもり)
?〜1596(慶長1)?
織田信長、信雄に仕えた武将。
高盛は、梶川高秀の子で、父とともに奥村
へ移ったと思われる。天正元年(1573)には、信長に従い、足利義昭が籠もる槇島城(京都宇治市)攻めに加わり、その際、宇治川で先陣を果たし、信長から馬を下賜されたといわれる。
小牧長久手の合戦では、信長の弟中根信照を迎え入れ奥城に籠もったが、秀吉の大軍を前に城を開いた。 |
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一宮市・若栗神社八幡宮所蔵
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兼松 正吉(かねまつ まさよし)
1542(天文11)〜1627(寛永3)
天文11年(1542)、島村に生まれた。
信長に仕え、桶狭間の初陣以来、幾多の戦いに加わり武功を重ねた。
また、現在一宮市にある若栗神社八幡宮の社伝によると慶長10年(1605)、武運長久祈願のため、若栗天神に八幡宮を合祀したといわれる。
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福井市・永昌寺所蔵
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長谷川 秀一(はせがわ ひでかず)
?〜1594(文禄3)?
信長の側近で数々の奉行職や検使などを務めた。
天正10年(1582)、徳川家康一行が信長の本拠安土を訪れた際、秀一は接待を命じられ、上方見物の案内も務めたが、堺滞在中に、信長が本能寺で襲われたため、家康らと伊賀越えで熱田まで逃れたとされる。
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(財)土佐山内家宝物資料館所蔵
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山内
一豊(やまうち かずとよ)
1545(天文14)〜1605(慶長10)
戦国時代、尾張の三英傑の織田信長、羽柴秀吉、徳川家康に巧みに仕え、土佐一国の大名(初代土佐藩主)へ出世した郷土の武将。
妻千代の内助の功により駿馬を買った話は有名。
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