天明3年(1783)旅の途中の僧が病に苦しみ将監(しょうげん:現一宮市開明字教堂池)の村で亡くなりました。僧は亡くなる前に、「私は歯痛でずいぶん苦しみました。私が死んだら、やわらかいものを供えて供養してくだされば、首から上の病をきっと治してあげます」と言い残したといわれています。

 将監の村人たちは僧侶の墓石を建て、墓前にやわらかい豆腐を供え、手厚く供養しました。

 昔は歯科医院が今ほど多くなかったこともあり、歯痛が治ったといううわさを聞きつけて、遠方から来る人も多かったそうです。今も多くの人が信じています。                                  開明字教堂池

    

お歯守さんの由来

お歯守さん