明治28年(1895)に設立した一宮紡績は明治40年(1907)に日本紡績に合併され、翌年に高さ39mの煉瓦(れんが)煙突を建てました。

 空襲で工場が全焼してもこの煙突は残り、戦後も染色整理工場の煙突として使われてきましたが、平成10年(1998)に解体され、一部が保存されています。

 空襲後の写真を見ると紡績工場時代の敷地は現在の競輪場あたりまであったようです(一宮競輪の開設は昭和25年)。イッセン(当時の社名は不

明)の工場跡地は大型電気店になっています。         (羽衣1丁目)

  

尾州の産業遺産の煙突の一部