お芝居や浄瑠璃にでてくる有名なおはん長右衛門ではなく今から百年ほど前にこの地にあったお話です。

 一宮のある石屋へ「私は外崎の者だが、おはん長右衛門の石碑を作ってもらいたい」とわずかばかりの手付金を置いて名前も明かさず立ち去った者がありました。石屋は注文どおりに作って約束の日を待ちましたが受け取りに来ません。不思議に思い、外崎の総代に充てて注文の品を受け取りに来るよう依頼しました。総代は注文した人を村中探しましたがそんな人はありません。そこで石屋を尋ねて注文した人の人相、風采、年齢などを確かめてみましたがまったく見当がつきません。村へ帰り、皆と相談して村の金で石碑を引き取ることにし、注文した者の言ったように郷前の緑葉川の橋のたもとに安置しました。

 時がたち、「外崎のおはん長右衛門は疝の病を治さっせる」といううわさが遠くまで広がり、参拝する人が多くなりました。参拝した人がお札に置いていった板塔婆の字を削って飲めば、霊魂あらたかで病は直ちに治ると伝えられ、毎日線香の煙が空を焦がすほど大繁盛しました。村人は賽銭で餅飾りをしてお供えしました。そのうち景観の目にとまり「世を迷わせるもの」として禁止され、石碑を人家の陰に隠す事にしました。村の人々が再三警察に嘆願して再開を望みましたが、遂に許されませんでした。

 その後、石像は照光寺に収められることになり、今でも寺に安置してあります。