昔、木曽川は大雨が降るたび荒れ狂った。そして水の流れるまま幾筋かの支流に分かれ流れていた。起村小信の境にも五城川という川が木曽川から分かれて流れていた。雨が降り続いて水が増えると、川筋の村はいつも大水になった。田んぼも畑も川になり、どの家も水浸しだ。

 そして、殿様の指図で工事が始まった。五城川をふさいでしまおうというのだ。しかし工事は難しくて何度もやり直さなければならなかった。 「おおい、水がもれとるぞ」「堤がまたくずれるぞ」「またやり直しだ」「なんべんやり直してもあかん」「水神さまがたたっとらっせる」「人柱を立てなあかん」 殿様の指図ということもあり、とうとう人柱を立てることになった。人柱というのは人を生きたまま堤防の下に埋めるので、起村でも小信村でも誰が人柱になるかで10日も寄り合いが続いた。誰でも命は惜しい。みんな黙ってうつむいているばかりだ。 「庄屋さま、私が人柱になります」と言ったのは小信村のお百姓さん与三衛門だ。正直で働き者だった。いつも黙っている人だった。 そんな与三衛門が自分から言うのだから村人たちはびっくりした。 「わしは独り身でございます。わしのようなものでもお役にたつようならどうぞ人柱にしてくださりませ。わしは満足でござります」 翌日、与三衛門は人柱として埋められた。村人たちは与三衛門をほとけさまだと思って拝んだ。

 やがて工事は立派に出来上がった。その後雨が降る夜、堤防を青白い炎がゆらゆらと飛ぶのが見られた。 「あれは与三衛門さまの魂だ」「ほとけの与三衛門さまが村を護ってくださるのだ」

 もうどんなに雨が降り続いても五城川の川筋の村は大水の被害にあうことはなかった。村人たちは与三衛門のことを「与三ケ巻」と称えいつまでも忘れないように詩にして詠い続けた。

起東の 中島西に 人のともさぬ 火が見える

 「このお話には、与三衛門が無理やり人柱として埋められ、青白い炎はその恨みの炎だという展開のものもあります。また、人柱観音の碑には与三衛門は僧」と記してあります。